机上の王、現場に出る。『シン・仮面ライダー』

『シン・仮面ライダー』鑑賞。

 
庵野秀明主導による『シン・ゴジラ』『シン・ウルトラマン』に続く「シン」シリーズにして、ついに庵野本人が監督を務めている。
 
「シン」シリーズでは元々子供向けであるが故に、おおらかに設定された出自や展開を再構築するといった傾向があるだろう。
シン・ゴジラでは災害としての巨大怪獣と政府の対応という展開に軸を置き、ドラマやセンチメンタルな心情はほぼ排除された。
『シン・ウルトラマンでは宇宙人と怪獣を前にした政府の対応といった展開を、今度は肉として。軸には種族から違う地球の人々を守る宇宙人のエモーションに焦点が合わされた。
 
『シン・仮面ライダー』では「ショッカー」という存在と、彼らを止める人物のモチベーションが展開の軸になっている。
「悪の組織を運営する」といったシミュレーションゲームなどでも構成員を離さないためには良い給料や、良い労働条件を用意しなければいけない。強い怪人で人々を支配するというのは、ムズかしいし現実的では無い。という問題への回答があるのがなかなか面白い。
さらにその中へ、原作者である石ノ森章太郎作品へのオマージュが盛り沢山に投入され(見たことのあるアレだ!を見つける)オタク的な楽しみに溢れている。
また、オリジナルの造形を尊重しつつディテールやバランスで調整されたライダーや怪人たちはカッコよく、特にロングコートをたなびかせるライダーは至極絵になる。
俳優陣も芸達者が揃っており、庵野特有のアニメっぽい抑揚が必須になる非現実的なセリフや、過剰な感情表現が必要になる演技を、バランス良く演じ分けている。オリジナルの藤岡弘、もあの年代の人にすれば180cmの高い身長で筋骨隆々な肉体を持っているが、やはり最近の、手足の長い若者のプロポーションの良さはより見栄えがするものだ
 
これら脚本、配役、造形、といった撮影前の準備(プリプロダクションにおいては満点と言って良い出来栄えを誇っている。
 
しかし、アクションがまるでダメだ。
 
『シン・仮面ライダーではショッカー戦闘員たちが血塗れになって死んでいく。ライダーの拳は顔面にめり込み眼球をこぼし血飛沫をあげて死ぬ。
その様子がシュレッダーにかけたような細かいカット割りで、誰がどう殺されたのか判らない。その映像も被写体にカメラが近く、チラチラと何かがスクリーン前を忙しなく通過していく。何が起こったのか判らないまま、戦闘員たちがバタバタと死んでいくのだ。
 
設定としてショッカーたちが死ぬと証拠隠滅のため泡になって消える。ライダーが血塗れだった手を見つめ自らの暴力に震える場面だが、泡でしっとりとした黒い革手袋をいくら見つめても、単に革手袋なだけで何の印象も無い。
 
中盤、廃トンネルの中でライダーが黒いスーツのショッカーたちに襲われる場面では、真っ暗な中、バイクのヘッドライトとライダーの目だけが浮かび上がり、本当に全く何がなんだか判らないまま爆発が起こって終わってしまう。
 
ラスト近く。ヘトヘトになったライダーが敵ボスと戦う場面。疲労困憊した2人の疲れた戦いを捉えるカメラは、何故か延々と小刻みに揺れ続ける。
 
庵野の頭の中には、エヴァンゲリオンで魅せた見事な戦いや、キメ絵、スペクタクルがあったのだろう。しかし、それを現場で実現させる手立てを知らなかった。
よしんば、庵野が知らなかったとしてもスタッフが知っていれば出来たハズだ。しかし、残念ながら庵野の現場に彼の頭の中に描かれた情景を再現できる者がいなかった。もしくは出来るのだが伝わらなかった。


私が鑑賞した劇場では上映前に韓国アクション映画『THE WITCH/魔女 -増殖-』と邦画の低予算アクション映画として異例のヒットを飛ばした作品の続編『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』の予告が流れた。


政府の実験により超能力を得た少女が施設を逃げ出し追手と戦うという、ほぼ仮面ライダーと同じ設定を持つ『THE WITCH/魔女 -増殖-』予告では、ビルの壁面を落ちながら弾丸をかわし、走る列車の上を駆け回り、超人的な跳躍を見せる。
『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』の予告では超クロスレンジの銃撃戦からの格闘戦や、手数の多い超人的な高速ファイトをコメディ的空気の中に投入する、前作の良さが継承されていた。

庵野の目指す映像には『THE WITCH/魔女 -増殖-』と同等の予算が必要だったのかもしれない。しかし(おそらく)『シン・仮面ライダー』よりも少ない予算で、それを凌駕するスペクタクルを『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』が見せてしまっている以上、言い訳は出来ないだろう。