『シャン・チー テン・リングスの伝説』

『シャン・チー テン・リングスの伝説』鑑賞
 
※映画のラストについてネタバレ書いています。まだシャン・チー観てないなら、まず劇場へ行ってください。面白いです。

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MCUの新キャラ映画。
 
本作で目を惹くのは雄弁な「カンフー言語」だ。
 
映画序盤。秘密の村ター・ローを守るイン・リーとウェン・ウーとの戦い。始めのうちはお互いに弾き返すような打撃の応酬だったが、イン・リーが相手の力を逃がしていなしていくようになり、ウェン・ウーはイン・リーを抱擁するような攻撃を繰り出す。2人の戦いはイン・リーがウェン・ウーを大木に叩きつけ、地面に落下させる前に川の淀へ落として終わる。
この間、セリフらしいセリフは無いのだが、戦う2人が次第に惹かれあっていく心象が現れる。
 
マカオの地下格闘クラブ「ゴールデン・ダガーズ」でシャン・チーは妹シャーリンと再会を果たす。
にわかにシャーリンの表情は険しくなり、言い訳をしようとするシャン・チーへ容赦ない攻撃が加えられる。ここまで2人に何があったのか、まだ説明は無いが、彼女の鬼気迫る攻撃にはのっぴきならない2人の事情が読みとれる。
 
母の故郷ター・ローへたどり着いたシャン・チー。かつて父を翻弄した母イン・リーの拳法を学ぼうと、伯母のイン・ナンに教えを請う。イン・ナンは太極拳特有の「推手」で、シャン・チーに動きを教える。その様子はペア・ダンスのように優雅で、同時に2人が心を通わせていく様子でもある。
 
これらの戦いを鑑みれば、ラストでの親子対決の、一挙手一投足に意味が立ち現れてくるだろう。
 
また劇中の「明るさ」にも意味が込められている。
シャン・チーの心象が明るいと陽は高く、暗い時は夜だ。母イン・リーの殺害や、父から暗殺を強いられるのは夜で、ケイティとの仕事やケイティの家族と過ごすのは陽が昇った後である。
 
そして、ウェン・ウーがター・ローに攻め込み、シャン・チーと対決するのが「夜明け」であることから、この戦いがシャン・チーにとってどんな心象の変化をおこすのか、戦う前から表されていた。
 
この「昼」と「夜」の関係は劇中、「良いこと」と「悪いこと」に置き換えて語られる。
過去の「良いこと」も「悪いこと」も、同様にシャン・チーを構成する要素であるとイン・ナンに諭される。
この、いかにも哲学思想っぽい物言いは、そのまますなわち哲学思想の言葉である。
これは母イン・リーの太極拳の構え、両手を広げ片手の先を上に、もう一方を下にするポーズが「太極」の「陰陽」マークの中心の曲線であることからも自明な通り「陰陽思想」を含む「太極思想」のことだ。
 
「陰陽」は世の中の全ての物事は「陰」と「陽」に別れ、それぞれの「気」の動きにより物事が変化していく。という考え方をベースにした哲学だ。
この「陰陽」思想が面白いのは、「陰」と「陽」が二項対立でありながら、同時に互いを補完していく関係でもあるところだ。
そして、シャン・チーの漢字表記は「上氣」(上る気)で、すなわち「陽」であることから、ポスト・エンドクレジットでのシャーリンの行動もあらかじめ予見されていたことが解る。
 
そしてラスト。当然のようにドラゴンが登場する。中国のみならずアジア、ひいては全世界、全宇宙の真理として「伝説のドラゴン」とは、もちろんブルース・リーのことである。
 
ウェン・ウーのテン・リングスの打撃により封印を破った「ソウル・イーター」を倒すために、ブルース・リーはたまさかドラゴンの姿で現れ、当然のように水(Be Water, My Friend)を従え、シャン・チーを助ける。
 
そして空高く舞い上がったシャン・チーが落下しながらテン・リングスをソウル・イーターに放って倒す姿は、シャン・チーがアメリカのアパートに飾っていたポスターからも解る通り『カンフー・ハッスル』のチャウ・シンチーであり、チャウ・シンチーを経由したブルース・リーへの孫引き的トリビュートである。

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この部屋のポスターは『カンフー・ハッスル』の他アウトキャストの「Stankonia」。ウォルター・ヒルの『ウォリアーズ』。『ゴッド・ファーザー』が貼ってある。
つまり『シャン・チー テン・リングスの伝説』は避けがたくブルース・リーの内側にある作品であり、ぶっちゃけブルース・リー映画なのである。
 
アチョー!