海兵隊員は人を殺すために自分の良心を壊す

20年ほど前。今はもう無い吉祥寺のカレー屋で、突き出しとして出てくるキャベツの漬物が苦手だった。マズいワケでは無い。味としては漬物なのだが、たとえば「フルーツの匂いのする消しゴム」のような。確かにフルーツめいた甘い匂いはするが、食べたいとは思わせない。そんな感じだ。
それが「塩漬け」の要領で「味の素」で漬けられた漬物だと知ったのはツブれた後のことだった。
 
昔から、なぜか、とある人気漫画家が好きになれなかった。
最初に見たのは雑誌のコラムまんがだったと思う。仲間との愉快なやりとりを描いたまんがに、何か違和感があった。なんというか。私を不安にさせる何かが芬芬と漂っていた。
その後、漫画家の生活を元にしたと思われる作品で、「泣ける!」と人気の人情ものを読んで、芬芬と漂っていたのが何なのかがストンと腑に落ちた。
これは「味の素」だ。
純然たるテクニック。「面白い」「泣ける」記号の羅列だ。作者のエモーションもへったくれも無く、ひたすらに「泣け」「笑え」という記号が並んでいただけだった。
 
おそらくコラムまんがでは、まんがで描かれた人物が実際に集まり、(まんが的な脚色はあるのだろうが)笑えるやりとりがされていたのだろう。しかし、まんがにされた情景は、もはや「情景」と言うのもはばかれるような、「情」の気配も無い、化学的とも思える、まさに「味の素」のような不安な代物になる。
実人生をベースにしたフィクションの「人情もの漫画」ではその特徴はさらに顕著になる。人を泣かす。感動させるフォーミュラだ。フィクションとはいえ、自分の人生から生まれた感情を物のように扱い、魚をおろすように切りさばく背筋の凍る記録である。
別に「記号」やフォーミュラに裏付けられた「テクニック」を否定しているワケでは無い。漬物だってチョイチョイと味の素を振りかければ旨味が増しておいしくいただける。ただ、それしか無いのは、まさに「味気ない」。晩ごはんのおかずに味の素の小瓶を出された時の気持ちを思い浮かべれば、その「味気なさ」は想像しやすいだろう。
私がその漫画家の作品を見て感じるのは、(作者自身も含めた)被写体に対する、非人間的な冷徹さだ。目的(おそらく金)のためなら心を殺せる。そんな冷徹さ。
 
その漫画家が高名な美容整形医と内縁関係だと聞いた時、非常に納得した。
 
目的を持った、感情の無い人間は、何だって出来る。
自分の利になるなら、羞恥心無く衆人の中で全裸になれる。痛くないなら土下座も出来る。得になるなら不潔で自分の好みでは無い相手とだって夜を共に出来る。病気にならない確証があって、やはり自分に得があるなら肥溜めのクソやウジのわいたネズミの死骸だって喰うだろう。
 
少し前。一度だけ。その2人を見かけたことがある。
 
その時に見た整形医の姿は、内縁の報を聞いた時の印象をさらに強めた。
美容整形を繰り返し、髪の毛を脱色して若作りし、写真映りも良いが、実際は、歩幅10cmほどでヨチヨチとしか歩けない老人である。
 
おそらく。それほど長くはない内に、整形医の死が報じられるだろう。
その後、その漫画家の行動を、この文章を念頭に見てみるといい。
漫画家の演じる悲劇は、あまりに精巧であるが故に「不気味の谷」めいた不安をかきたてるだろう。