『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』を罵る人々

私自身の話になってしまうが。とはいえ、ことさらこの場所では私自身の話以外書いたことは無い。と、改めて記しておこう。
 
まず。今回の『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』私のファースト・インプレッションは「面白かった」である。
どのレベルで「面白かった」のか? といえば、例えば『ビッグゲーム 大統領と少年ハンター』やキング原作の方の『セル』、『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』と同じくらい。と言えば解ってもらえるだろうか? とにかく「面白かった」。
 
しかし、これは「スター・ウォーズ」の新作である。「面白かった」では終われない。何しろ私はスター・ウォーズを「愛している」からだ。
 
特定の作品を「愛している」と言った場合、愛に値するほど面白い作品だと思うからこそ、その作品を愛するのであろう。しかし、私のスターウォーズ関連作品に対する愛は少し違う。スターウォーズのシリーズで言えば、最初の『スターウォーズ』、今で言う「エピソード4 新たなる希望」以外は「愛に値するほど」面白いとは思えていない。
 
逆に言えばエピソード1〜3、5〜8の“正史”に加え、『ローグ・ワン』、CGアニメシリーズ、スピンオフのイウォークにレゴなどの映像作品、コミック、ゲームあたりまで(小説はまだ手を出していない)ならまとめて“愛せる”ほど「エピソード4 新たなる希望」が好きなのだ。
今でこそ傑作扱いされている「エピソード5 帝国の逆襲」も公開当時は「パロディだ」と貶されたし「エピソード6 ジェダイの復讐(現:帰還)」もイウォークの登場に「ガキ向けの甘ったるい体に悪い原色のお菓子」だと揶揄された。
当時はまだ小学生だったから、もしかしたらその貶す言葉や揶揄が正しいのかもしれないと思っていた。今ではそれらの言葉を理解はするが、何しろ、アノ「エピソード4」の続きなんだから、それはもう「エピソード4」じゃないか!
 
つまり。例えば。ある人物を好きになる。その人の何から何まで全てが好きでたまらないという人は、あまり多くは無いのではないだろうか?
もちろん、その人の多くの部分に惹かれたからこそ、その人を「好き」だと思っているのだろうが、たとえば「イビキがすごい」とか「たまに人の言ってることを聞いてない」とか、ちょっとカチンと来るところもあるだろう。
しかし、それも含めて「その人」なワケで、ゲームのアビリティのように他人が勝手に「その人」の特徴を挿げ替えられるワケでなし。気に入らない部分だって、引き裂くことの出来ない「その人」の「パーソナリティ」なのだ。
 
と、考えれば『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』に向けられた貶す言葉や揶揄がどういった性質のものなのか理解できるだろう。
 
別れた相手を、こと別れた後に口さがなく罵る人というのがいる。アイツのことだ。