『バードマン』ポスターに見るデザインの意味

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』日本版のポスター図版が変更になった。アカデミー賞作品賞含め4部門での受賞を謳ったコピーが、以前のものより控えめに入っている。最初の「カラー版」の時点で主要9部門へのノミネートが記載されていたから、変更はある程度想定内だったのかもしれない。

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そもそも「カラー版」はどういう意向で作られたのか。これは紙もののデザイン業に携わる人なら痛いほどよく解るハズだ
「とにかく全ての情報を入れろ!」
理解の無いクライアントはよくこういった無理難題を押し付け「これで金もらってんだろ? クライアントの言う通り作るのがオマエの仕事だろ?」と詰め寄る。
 
『バードマン』は普通のカラー映画で、過去に「バードマン」というヒーロー物の主演を務めた男のブロードウェイ舞台出演を描いているそうだ。主演にはマイケル・キートン。他に『ハングオーバーのザック・ガリフィナーキス、『ファイト・クラブエドワード・ノートン、『アメイジング・スパイダー・マン』エマ・ストーン、『ダイアナ』のナオミ・ワッツが出演している。アカデミー賞主要9部門でノミネートされ、その前哨戦と言われるゴールデン・グローブ賞では主演男優賞と脚本賞を受賞している。
それらの情報を全てポスターに反映させると、見事に「カラー版」のポスターになる。
モノクロのベースに、まずは色がつけられる。映画本編に登場する、主人公が過去に演じた「バードマン」が何なのか、大きくコラージュされる。アカデミー賞ノミネートの情報を入れるために車は消され、可読性を保つためにパース感を無視してコピーが挿入される。さらにあらすじまでもスキマに挿入される。
 
そして、このポスターのデザイン作業をしたデザイナーは、それら一つ一つのデザイン構成要素に賛同して作業をしたワケでは無いハズだ。なぜなら、元のアメリカ版のポスターで、すでに「映画ポスター」として完成しているからだ。
 
 
ここで、少し前にウワサになった佐藤可士和がデザインしたセブンイレブンのセルフのコーヒーサーバーの何がいけなかったのかを振り返る。
濃い色のアクリル板にボタンが4つ。「HOT COFFEE」「ICE COFFEE」の文字と、それぞれのサイズ「R」の下に「REGULAR」、「L」の下に「LARGE」。と極限までシンプルになっている。
もしも、このデザインがオフィスのコーヒーサーバーであったなら、出来の良いデザインだと言える。給湯室の脇か、会議室の出入り口付近か。広いスペースの片隅に色数も情報も少なく、何も知らないまま遠目に眺めたら、空気清浄機か、せいぜいウォーターサーバーに見える。景観の邪魔をしないシンプルなデザインだ。
しかし、セブンイレブンではそうはいかない。四方八方を商品で囲まれ、チケット発行機やら銀行ATMまで、とにかく情報に溢れている。その中にポツンと可士和デザインのコーヒーサーバーが置いてあると、どうなるか?
他の情報と文脈が全く違うので、店員が何かに使う、客向けでは無い秘密の道具のような「自分にとって意味を持たない置物」に見える。だから、テプラを貼られてしまう。
あのテプラはセブンイレブンの他の情報発信物と同じ文脈にするデザイン効果があり、テプラのおかげでようやく「セブンイレブンのセルフのコーヒーサーバー」としての機能を持つに至る。
 
 
では『バードマン』ポスターに戻る。
私はまだ本作を見れていないので、監督の作風や予告編などからしか伺い知れないが、予想出来る範囲で考えてみる。
「バードマン」という字面には、何かヒーローものめいた響きがある。しかし、本作は主人公が謎のヒーローに変身し、危機を救ってみせるような映画では無いだろう。しかし、どこか浮世離れした人の、フィクショナルに突拍子もない様子が描かれているように思うのは、主人公であろうマイケル・キートンがふわりと浮かんでいる様子からうかがえる。また、1枚の写真にビルボードとして自然に多くの出演者があしらわれているのは、本作が(擬似的に)ワンカットで構成されていることの現れとして見れる。遠くにシルエットで見えるのは、おそらくタイトルの「バードマン」であろう。

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映画のポスターとはどうあるべきか、というと「映画本編の魅力を漠然と伝えながら、じっと見続けていたくなるカッコいいもの」だと言える。
邦画、周防監督の『舞妓はレディ』公開の際に作られた2種類のポスターを見れば、何を言っているのか解るはずだ。

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「カッコいいな? これなんだろうな?」と思えるのはシンプルでカッコいい方だろう。逆に「なーんだ、いつものつまんない人情ものだな!」と興を削ぐのはやたらと写真を積み上げている方のハズだ。
『バードマン』カラー版のポスターは『舞妓はレディ』で言うと「写真積み上げ版」に近く、情報量は多いが底が知れてしまうタイプのデザインで、モノクロ版が「シンプルでカッコいい方」と言えるだろう。
 
続きは興が乗ったら……