ロックTシャツとズーランダーとアホ

「音楽を知らなくたって着ていいじゃん、ロックT」
少し前の話。メタリカのアルバム「キル・エム・オール」(全員ぶっ殺す!)ジャケットをプリントしたTシャツ着用のイケメンモデルに、そんな見出しが躍るファッション誌へ、様々な声が挙がった。おおむね「音楽聴けよ!」と憤っているロック・ファンか、「何を着ても自由だろwww」と嘲笑する人のどちらか。果たしてこの差はどこから生まれるのだろうか?

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「スティングが好きなんだ。曲は聴いたことないけど。」
そうインタビューに答えたのは、長年トップモデルに君臨し続けたデレク・ズーランダーから「モデル・オブ・ザ・イヤー」の座を奪った、新進気鋭でロハスなモデル「ハンセル」である。
これは映画『ズーランダー』のワンシーンだが、モデルやファッションを取り巻く業界に対して多くの人が持つイメージを鋭く表してもいる。
つまり「アホ」だ。
ベン・スティラーによって作られたステレオ・タイプ的にアホな男性モデルキャラクター「デレク・ズーランダー」を主役にした映画『ズーランダー』は2001年9月28日に公開されるも、911アメリ同時多発テロのわずか17日後という、コメディ映画を公開するには最悪のタイミングであったことから散々な興行成績を記録してしまう。しかし、ソフト・リリースされるや、そのあまりにアホな描写からカルト的な人気を獲得していく。
ついには続編『ズーランダーNo.2』が公開(日本ではソフト・スルー)された。舞台をイタリアのローマに移し、人気絶頂のベネディクト・カンバーバッジまで引っ張り出して、アホの限りを尽くしていく。
デレク・ズーランダーが象徴しているのは80年代のアッパーでバブリーな“時代”そのものだ。コントラストの激しいビビッドな色使い。プラスチックやエナメルなど光りをよく反射する素材。エッジの効いたラインなどなど。過剰で主張の強いデザインを好んで着用している。

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その彼からトップ・モデルの座を奪うハンセルが象徴するのは90年代に再評価されたニューエイジ系のスピリチュアル/ナチュラ志向だ。禅やヨガに傾倒しつつ、エクストリーム・スポーツもこなす彼が好んで着ているのはアース・カラーの落ち着いた色味のポンチョや、ざっくりとした麻のズボンなどである。

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それぞれ紛れも無いアホとして造形されているが着ているファッションは、すなわち人となりを表している。アッパーで楽観的な80年代代表のズーランダー。ボヘミアンな90年代代表のハンセル。それぞれの行動様式や哲学とファッションは紐づいており、見た目と中身に齟齬が無い状態である。
しかし、それら背景に全く無頓着に、文化をファッションとして消費することも可能だ。つまり「音楽を知らなくたって着ていいじゃん、ロックT」である。
『ズーランダーNo.2』で初登場し、ズーランダーとハンセルを嘲るデザイナー、ドン・アタリは最新機器を手足のように使いこなし、凄まじいスピード(15分前に起こった出来事を首の抜けたビンテージTシャツにデザインしてしまう程)で手当たり次第に“文化”を食い散らかしていく。
ドン・アタリは現代若者の象徴であり「音楽を知らなくたって着ていいじゃん、ロックT」の申し子と言っていいだろう。

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私のツイッターTLに「ウォレット・チェーン」をバカにする人々が現れた。
肉厚なサイフに装飾の施されたクロムハーツなどのチェーンをつける、あの「ウォレット・チェーン」だ。
そもそも、このウォレット・チェーンはバイクで走行中にサイフを落としても取りに戻らなくて済むように、というバイク乗りの機能性から生まれたものだ。その由来から「普段からおサイフをすっごく大事にしている人」などと嘲笑する言葉が並んだ。
反射的にこんなレスをつけようかと思い浮かんだ。
「トレンチコートを着た人は全員、塹壕(トレンチ)に潜む必要があるのか?」
「Pコートを着ているのは全員イギリスの水兵か?」
ジーンズを履く人は右ポケットの小さい方に懐中時計を入れているのか?」
むやみに人にバツの悪い思いをさせてはいけないと思ったのと「もしや?」という思いからツイートは止めた。
 
その時に思ったのは、現在のファッションは「音楽を知らなくたって着ていいじゃん、ロックT」の精神から生まれたのではないだろうか? ということ。
たとえばワイシャツの前後が長いのは股の下を通すためで、つまりは下着だったそうだ。だが16〜17世紀ころに「上着の切れ目から下着を見せることが流行った」ために、しだいにアウター化していった。この由来はモロにバギーパンツずりさげ穿きでカルバン・クラインパンツ見せの、マーキー・マーク&ワイルド・バンチ時代のマーク・ウォルバーグである。

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上記したトレンチコート、Pコート、ジーンズ(の右ポケットの小さいやつ)も、元々は実用的/機能面から生まれたもの。冬のカジュアル系アウターのボマージャケットやMA-1はアメリカ空軍のパイロット用に開発されたものだ。
 
また、セディショナリーズ時代にビビアン・ウェストウッドがセックス・ピストルズジョニー・ロットンに着せていたガーゼシャツやボンテージ・パンツは暴力的な精神病患者を縛る拘束衣を模している。
80年代、黒人の歌手といえばアース・ウィンド&ファイヤーやリック・ジェームスなど、キラッキラのスパンコールの衣装で活躍していたものだが、彼らの出で立ちに「なんかダサくね?」とカウンター的にジャージやスニーカーで登場したランDMCが『キング・オブ・ロック』や『ウォーク・ディス・ウェイ』のヒットを飛ばすと、逆にジャージやスニーカーがスポーツウェアからファッション・アイテムになっていった。

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これらのことからも、ファッション史は、そもそもの意味を無視したところから生まれるアイテムに溢れていることが解る。
 
では、やはり「音楽を知らなくたって着ていいじゃん、ロックT」なんだろうか?
と言われると、そこは何か決定的に違うような気がするのである。